ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第六十四話「一戦の後」敵艦隊が謎の光によって壊滅したことは大きな衝撃だったが、この流れ、乗ってしまうに越したことはない。……本当に、トリステインには余裕などないのである。 アンリエッタから総攻撃の命令が下り、修理途中ながら辛うじて航行は可能となっていたフリゲート『ブヴィーヌ』に、夜襲に備えて留め置かれていた士官と銃兵を満載して敵艦の拿捕に送り出すと、リシャールは後事をラ・ラメーに託しジュリアンを伴って世界樹を飛び立った。 「きゅい?」 「うん、司令部のそばにお願い!」 流石に直接最前線に向かう無謀は理解していたから、総司令部へと向かう。 主力は進軍、散発的な戦闘はまだ続いているようだが、この一戦に限ってはこちらの『勝ち』と断じてしまっていい様子である。 「敵軍主力は既に降伏、現在、武装解除にあたっております!」 「アンリエッタ殿下は?」 「突撃なさいました! 宰相閣下も同行されております!」 「……了解」 自重してくれ……と言える状況にはなかった。敵艦隊は『奇跡』で何とかなったとは言え、三千の敵に二千の味方では勢いで押してしまえる今こそ好機、時間をかけていては体勢を立て直されてしまいかねない。 「私は状況把握と上空直援を兼ねて、空で少し動きます。 艦隊は……ああ、一隻戻ってきましたね」 北に抜けたはずの『ドラゴン・デュ・テーレ』が、低空を東から進んでくるのが見えた。 「陛下!」 「皆さん、ご苦労でした!」 『ドラゴン・デュ・テーレ』に着艦したリシャールに、ビュシエールやタヴェルニエ参謀が駆け寄ってきた。 正面よりラ・ロシェールに入港せよと命じてから、少し肩の力を抜く。こちらも被害はない様子で、高度差と奇襲のおかげもあって竜騎士からは悠々と逃げ切ったらしい。 「陛下、あの光は一体何なのです? 何かあったのは間違いないと、迂回を中止して直航させたのですが……」 「正直言ってわかりません。 ですが、光が満ちた後、敵艦隊が全て墜ちていました。 ……ええ、全てです」 「なんと……」 「おそらく、この戦についてはトリステインの勝利です」 「おおっ!」 ……とは言えども空海軍はほぼ全滅、混乱も相当に大きい。 再建を考えると、頭が痛いどころの話ではなかった。 「夜襲の戦果は敵軍捕虜の調書と照らし合わせる必要もあるでしょうし、後ほどじっくり聞きます。 ともかく、動けるフネが足りません。 ……頼みます」 「了解!」 ビュシエールと互いに頷き、リシャールは再びアーシャに跨った。 「さて……ジュリアン」 「はい」 「……タルブを、見に行こうか」 「……ありがとうございます!」 この機を逃すと、書類仕事なり会議なりで、まともに動けそうにない。 無事でも、あるいは……でも、確認だけはしておきたいところだ。 「あれは……『ブヴィーヌ』かな? 修理が間に合わなかったとは聞いていたけど、酷いな……」 「帆桁が不格好ですから、多分間違いないです」 タルブへの途上、地上で傾いている戦列艦のそばに遊弋していたフリゲートを見かけた。どちらが廃船か迷うほど、凄惨な姿である。近い順に回っているのだろうが、増援があっても今日中に終わるか微妙だ。 ……畑は滅茶苦茶だし、集落にはまだ煙が上がっているものもあった。 それでも、僅かながらに幸いなことは、ほんの数リーグの間にトリステインの旗を掲げた部隊を幾つも追い越していたことだ。周辺の支配権はこちらの手に戻ったと見ていいだろう。 「陛下! 『竜の羽衣』です! みんなもいます!」 ジュリアンの指差す方を見れば、広がる草原に一本の軌跡が描かれ、その先に『竜の羽衣』とそれに集まる人々が見えた。 怪我人はいたがタルブに限っては死者もなく、そっと胸を撫で下ろす。……無論小さな幸運ではあるが、その他の村の確認は取れていなかったから、安心には早い。 「……あー、サイト、楽しそうだね?」 「王様、助けて……」 この奇跡の勝利の主役であろう立て役者は、左右の腕をルイズとシエスタに絡め取られ、引きつった顔をしていた。……両手に花でまことに結構なことだが、同時に間接を極められているのか、本当に痛いらしい。 時間がないのでちょっと借りてもいいかなと、両脇の二人に了解を取り、ジュリアンに人払いを命じて『竜の羽衣』の足下に連れ出す。 「助かった……」 「実はほんとに時間がないんだ。 単刀直入に聞くけど、『竜の羽衣』は、君がここまで飛ばしてきたのかい?」 「ああ。 ガソリンはコルベール先生に頼んだ。 間に合って良かったぜ……」 以前学院に寄った折、応対に出てくれた中年の教師を思い出す。ガソリンについては……曖昧に頷いておいた。 「……そっか。 君のお陰だ、ありがとう。 うちもトリステインも、差し当たって生き残れそうだ。 でも、あの謎の光は? ……あれも『竜の羽衣』の武器なのかい?」 そんな筈はないだろうと言葉だけは選びつつも、これだけは聞いておかねばならない。 「あれは俺じゃなくてルイズ。 ルイズの持ってる本が光って、長い呪文のあとにもっと光って、軍艦が全部壊れたんだ」 「ルイズが……?」 「デルフはなんか知ってるみたいだけど……」 確かルイズは魔法を上手く使えないと悩んでいたはずで、サイトの召喚は……複雑だったが、彼女が魔法に目覚めた証左として、内心ではリシャールも喜んでいた。 だが、サイトも詳細までは知らない様子で、早速ルイズを呼んで、サイトにもデルフリンガーを持ってきて貰い話を聞く。 「まあ、こうして揃っちまったらああなるわけだ。 俺っちにもよくわからねえがよう……」 「肝心なことがわからねーのかよ!」 頼りにならないデルフリンガーにサイトが突っ込んでいるが、ルイズの方は……。 「リシャール、どうしよう」 「ルイズ?」 「わたし、選ばれちゃったみたい。 ……虚無の魔法の使い手に」 「虚無の魔法? ……えっ、虚無!?」 頷くルイズに、リシャールは大きなため息をついた。 軽く詳細を聞き取ると、二人と一振りにはたぶん大騒ぎになるからしばらくは黙っておくようにと諭し、リシャールは現実へと向き直った。 あちらもこちらも大問題の大盤振る舞いだが、差し当たってはこの大騒動――防衛戦に収拾をつけなくてはならない。 ルイズとサイト、シエスタには明日にでも迎えを寄越すからと、ジュリアンにも里帰り兼用で戦闘の状況と被害を聞き取っておくように言い含めてタルブに残し、リシャールはゼロ戦を見下ろしつつ再び空へと戻った。 「あれかな?」 「きゅー」 アーシャ任せで進むこと数分、白い軍旗が数多く靡いているあたり、その中心へと降り立つ。 「……勝ったわ、リシャール」 「……ああ、勝ったね」 口調はともかく、アンリエッタの笑みには苦みが含まれていた。 それも仕方のないことかと、同じような笑みを返す。 結果的にトリステインは勝利こそ得、アンリエッタもマザリーニも無論無事だったが、今日の戦闘に限っても被害は甚大である。 当面の時間こそ稼げたものの、神聖アルビオンの対応次第では、こちらも水際での戦いを強いられ続けよう。増援を兼ねた第二陣がすぐに襲来するのか、一度体勢を立て直すのか、はたまた……。 「急ぐのは救民と捕虜の処遇、それに空軍の再編……かしらね。 他が後回しでいいわけもないけれど」 「もう一つ、ございましょう。 この機を逃すわけにはまいりませぬぞ」 「そうでしたわね、宰相」 深く一礼したマザリーニに、何事かと首を傾げたリシャールである。 「リシャール」 「なんだい?」 「わたくし、数日中に即位するわ」 「おめでとう。……助かるよ」 それはもう、色々な意味を含めてリシャールは大きなため息をつき、即位式への参列を了承した。 「それから……いや、今すぐでなくても構わないけれど、近々、重要な相談をしたいんだ」 「何かしら?」 「ここではちょっとね。 少し長くなるかもしれない。出来れば即位式前後の方がいいかな」 「わかったわ」 ごく簡単にその後の予定を詰めると、リシャールはラ・ロシェールの軍港へと舞い戻った。 即位式は戦勝記念の式典も兼ねるが、どちらにしてもトリステイン任せである。 だが、トリステインの空の守りはこちらに一任されていた。 「ともかく、修理を進めつつ、ありものを投入していくしかありません。 また、空海軍の再編ですが、生き残りを中核として捕虜から兵を募り、増員します」 奇跡で得た勝利は苦く、先の見通しは限りなく暗い。 仮の司令部では、リシャールの意を受けずとも、自らの立ち位置と力量をほぼ完璧に把握しているラ・ラメーが既に幾つもの指示をとばしていたが、根本的にフネが足りなかった。 「数日中に生き残りの全艦を司令部が掌握できるとして、まともに動かせることが確定しとるのは戦列艦三隻にフリゲート四隻、小型艦や商船がやはり数隻というあたりですな。うちのも数に入れてあります」 「上空から数隻見ましたが、被害の大きなトリステイン艦より落ちている神聖アルビオン艦を再戦力化する方が楽かもしれませんね」 「使いづらいなどと口にする余裕はありませんからな」 最低限でも数日は確保出来たと判断したラ・ラメーは、破壊され尽くしたラ・ロシェール軍港の本格的な補修と同時に、警戒網の再構築を命じている。 とは言うものの、現段階でまともに動けるフネは『ドラゴン・デュ・テーレ』ただ一隻、早ければ明日の早朝にはセルフィーユの艦隊が到着するだろうが……。 「竜騎士の半数をこちらに回しましょう。……向こうも余裕はありませんが、優先度はこちらの方が高いと思います」 「再度の奇襲だけは何としてでも阻止せねば、トリステインも我が国も……」 「ええ……」 桟橋には丁度、入港してくる『ブヴィーヌ』が如何にも精一杯という姿を見せていた。 先のラ・ロシェール防衛戦より四日。 トリステイン防衛艦隊司令部は、麾下に加えたセルフィーユ第一艦隊のフリゲート三隻と呼び寄せた竜騎士一個中隊十二騎でどうにか最低限の警戒線を再構築、ゲルマニアから戻ってきた親善艦隊より『ラ・レアル・ド・トリステイン』を臨時の旗艦に選んで生き残りをまとめ、編成を命じたリシャールでさえ無言で命令書にサインして見なかった振りを決め込みたかったほど頼りないながらも、戦列艦三隻に中小の艦艇四隻という組織化された艦隊戦力を整えた。 もっとも、戦列艦の内訳は防衛艦隊の旗艦に指定された……というより、他に選びようがなかった『ラ・レアル・ド・トリステイン』の他は、セルフィーユ空海軍籍の『ウォースパイト』と『アーデント』である。無論工廠は港湾能力の復旧と同時に損傷艦艇の修理にも総力を挙げており、中大破の状態ながら航行可能な戦列艦は四日の内に二隻ほど増えていたが、到底戦力としては数えられなかった。 ちなみに王都周辺は『リシャール王が隊長なら』とクルデンホルフ大公国がルフト・パンツァー・リッターを派遣、数の上でも質の上でも当面の補いがついた。 陸軍の方も水際たるラ・ロシェール防備のため、なりふり構わず充足させた一個連隊を除き、国軍も諸侯軍も既に解散、艦隊は相変わらずだが戦時体制ほぼ解かれ警戒配置となっていた。……正しくは維持する余裕がないのだが、今更である。 「……今であれば、アルビオン本国艦隊司令部の気持ちが手に取るようにわかりますな」 「ええ、まったく……」 そのアルビオンから遠路やってきた艦艇が、ラ・ロシェールの眼下に二十隻ほど転がっているのだが、こちらはこちらで即使えるという物ではなかった。 故障などなく風石の補給だけで戦闘状態に復帰できそうな艦もあったが、着地時に船底が破損していたり、乗組員、特に艦長から航海長、掌帆長あたりを任せられる士官の手当が付かなかったりと、大抵は面倒含みである。 捕虜の処遇も、水兵などは従順な者からフネはなくとも組織が生きている艦艇や、いくら人がいても足りない工廠へと順次振り分けている。しかし、家名を持つ貴族士官などは捕虜交換を望む者などもいるし、一度に下った者の数が多すぎて調書を取るのも順番待ち、更には新女王アンリエッタの戴冠式が迫っていてそちらも無視するわけには行かず、ラ・ラメーも司令部も頭を抱えていた。 「それでもひと月あれば倍、三ヶ月ならそのまた倍程度には、使えるフネも増やせましょう。何せ、敵艦がまるごとこちらの手に落ちました。面倒はあっても、活かさぬ手はありますまい」 「『うち』の艦隊はいつ頃引き上げられそうですか?」 「さて……。夏までには、なんとか形を作りたいところであります」 最低限、自分の使う『ドラゴン・デュ・テーレ』ともう一隻、トリステイン航路に宛うフネが戻せればこちらとしては問題がない上、運用面ではいっそ、アルビオン空軍の生き残りである第二艦隊を押しつけてしまってもいいのかとさえ思いかけている。 特に戦列艦の二隻は、艦隊決戦に於ける集中運用こそが本領であり、独航艦同然の運用では維持費ばかりが高い無意味な代物に成り下がる恐れがあった。それに神聖アルビオンとトリステインが開戦した今、理由を付けて誤魔化す必要もない。 そのあたりの面倒が済めば、リシャールも、そしてラ・ラメーもこの仕事を降りられるはずだった。 流石に予定された次の戦役までの数ヶ月間、ずっと国を空けるつもりはないし、負け戦がどうしても脳裏にちらつくような他国の空海軍司令長官職など、本来の持ち主へと返却できるならそれに越したことはないのである。 一度、エルバートら王党派の生き残りと相談し、予想されるアルビオン奪還戦での立ち位置や戦後の処理までを含めた予定を立て直すべきだろう。どちらにせよ、セルフィーユもアルビオン王党派も単独で主役を張れるはずがなく、トリステインのおまけが関の山である。 その上で、小国あるいは残党らしい適度な立ち位置の確保を行い、諸国会議に於いて『トリステイン』の発言力を高めるべく努力出来れば言うことなしだが……そのように都合の良い状況の推移など、現段階では望むべくもなかった。 その翌日、リシャールは『ドラゴン・デュ・テーレ』に乗り込み、ラ・ラメーに後事を託して『ラ・レアル・ド・トリステイン』を『従え』、王都トリスタニアへと向かっていた。無論、仕事は山ほどあるが、流石に女王陛下の戴冠式に欠席するのはどう考えても宜しくない。 その船上、リシャールはアーシャにもたれかかりながら風に吹かれていた。 『ドラゴン・デュ・テーレ』はサイトのゼロ戦を持ち主や主人ごと魔法学院に帰した後は、トリスタニアとの往復で忙しい。物資の輸送と重傷者の後送、あるいは捕虜の移送など、中古型の艦もそちらに振り分けられていたが、警戒線からフリゲートをもう一隻外して高速便に宛うか、真面目に検討されているほどである。 「きゅ」 「……うん」 だがまあ、それは些細なことだった。 組織が回り始めた今、リシャールの判断すべき事は、セルフィーユ国王としても、あるいはトリステイン空海軍司令長官としても、別の視点に移りつつある。 今回のラ・ロシェール防衛戦に於いて、リシャールとセルフィーユに役得など無いに等しかった。 強いて言えば、結ばれた同盟の履行が確認できたこと、セルフィーユが戦禍に見舞われなかったことぐらいか。 ……いや、それこそが最大の戦利品かもしれないと、リシャールは気分を改めた。 トリステインが盾となってくれなければ、吹けば飛ぶような小国などすぐに地上から消えてしまうわけで、その点では最大限の努力を惜しむべきではないし、国王と空海軍の貸し出しなど、対価にしても安すぎると言えた。 リシャールが関わる国内の書類仕事の停滞はともかく、出撃した『ドラゴン・デュ・テーレ』にしても結果的に被害はなかったし、他の艦も配置についているが、風石代が多少掛かっているかとないうあたりで大砲の一発さえ撃っていない。 それさえも、後ほどトリステインより協力金名目で処理されると、昨日の内にアンリエッタの走り書きが届けられていたから、多少以上に気を使われているのは明らかだ。 ……まあ、トリステインとしても相当に苦しい立場だろうと、想像はついていた。未曾有の国難とは言え小国の戦力を根こそぎ動員し、しかもその国王を借りておいて何もなしでは国の面子に関わる。 国の存亡になりふり構っていられないのも国家ならば、面子という実体無きものがあらゆる実利を越えて働くのもまた、国家である。 今が良ければそれでよい、とは口が裂けても言えないのだ。 おまけにその走り書きには、『二、三隻ならセルフィーユに持ち帰ってもいいわよ』などと書かれていたので、リシャールとラ・ラメーは顔を見合わせた。 貰って即売るというせこい真似が出来るならそれもいいのだがとリシャールはため息をついたが、次の戦を睨んでまともに頭を働かせるなら別の答えも浮かぶ。 例えば……セルフィーユ第二艦隊の四隻をトリステイン空海軍に無償譲渡し、代わりに高速が出せるフリゲートのみを譲り受け新たな第二艦隊を編成、来たるアルビオン奪還戦では先日までの『ドラゴン・デュ・テーレ』同様、セルフィーユは主戦に関わらず、通称破壊戦のみに徹するのはどうだろう? あるいは、既に開戦したのだから欺瞞や隠れ蓑は不要とばかりに、王党派残党に恭順した捕虜達を加え義勇軍として正式に組織化し、戦力の拡充を大々的にはかると同時にアルビオンの旗を掲げつつ奪還戦での戦果奪取を本気で狙うか……。 どちらにしても、セルフィーユでは戦列艦を持て余すし、戦時下ではトリステイン艦隊に組み入れることが当初より考慮されていた。主戦場に出ないのだから当然、戦果の主張は出来なくなるが、もとよりそんな物は期待できない。その頃にはリシャールも司令長官職を降りているつもりだし、おそらく奪還の主力はゲルマニア艦隊、下手に指揮権を振り回されて使い潰される確率も減る。 後ほどエルバートや第二艦隊首脳部と幾らか協議をするのは当然だが……この選択肢をアンリエッタが取りはからってくれたことには、別の大きな意味もあった。 評価額なら十万エキュー単位になるはずの拿捕艦である。しかもそれらは、ほぼ壊滅した空海軍にとり、非常に貴重なものだ。 だが、アンリエッタの視点に立てば、別の想像も浮かんだ。 国難を蹴り飛ばし実権を取り戻した『女王』とは、それを右から左へと気軽に動かしても、咎め立てを受けない存在なのだ。 また、来る戦に備えてセルフィーユの戦力を充実させることで、攻勢正面にあてざるを得ない自国空海軍とは違い、自由度の高い戦力が増えることも意味する。……今回以上の便利遣いは勘弁だなとは思うが、それはそれでリシャールの思惑にも一致するのだから、始末に負えない。 良くできた女王とは、こちらの力量をよく把握して最大限の成果を得ようとする上司にも似た、自由度と働き甲斐はありながらも、気がつけば逃げようがない存在でもあった。 ほぼ丸一日を費やしてトリスタニアへ到着したが、アンリエッタの方は流石に忙しく、会合を持つのは翌日とせざるを得なかった。 だが、急ぎトリスタニアへと戻った意味はもう一つある。 「おかえりなさい、リシャール」 「ただいま」 「父さま!」 「うん、マリー」 家族の顔を見て初めて、守りきったのだという実感も湧いてくると言うものだ。 この一戦は、確かに終わった。 トリステインは大勝利を得たし、アンリエッタも一気に戴冠式を迎える。 だが、次の戦はすぐに見えそうな場所まで迫っていた。 ←PREV INDEX NEXT→ |