「やば! 遅刻するッ!」 マソラは食パンをくわえ、制服を振り乱して5月の通学路を爆走していた。 乙女にあらずべき行動だ、とか、なんだかどっかで見たような格好だ、とか、頭のどこかの冷静な部分が報告してきたが、とりあえず黙殺する。 ケータイを片手で操作し、時刻を表示させると……。 「てか後三分っ!」 毎晩夜更かししてゲームをし、寝坊が当たり前のマソラが何故こんなことをしているのかと言えば……。 数日前、彼女が毎日の様に遅刻しているのを見かねたクソ……もとい担任が『次遅刻したらゴールデンウィークにも学校来るように』と嘘だかマコトだか分からないようなことをほざいた……もとい通告したせいで、あたしは頑張って早起きした上に慣れない全力疾走なんか……」 いつの間にか、心の声が口に出ていたようだった。 「ゴールデンウィークはやりたいソフトが大量に発売されるんだから、補習なんて絶対あり得ない、っての!」 横断歩道をダッシュで渡り、最後の曲がり角に差し掛かり、そこを飛び出した瞬間―― 「うわ!」 「おっと」 叫ぶと同時、大して驚いていないような声がしたと思うと、マソラの正面に少年の顔が現れた。 とっさに身をよじるが間に合わず、その少年と激突し、ダッシュの反動で地面にモロに腰を打ちつける。 「うぐ……」 涙が出そうになるのをこらえつつ、目の前の彼に文句を言う。 「痛たた……ちょっと、どこ見て走ってんのよ! てか人の話を聞くときはちゃんと前見なさいってのよ、前!」 自分の事は完全に棚の上に放り投げ、マソラはわざと自分から目をそらすようにしている少年を睨みつける。 微妙な笑顔――俗に言う苦笑い――を顔に浮かべている相手が着ている制服は、マソラの通う高校と同じものだった。 「えーと、今前を向いても……いいの?」 「? どーゆーことよ?」 「……キミ、今の自分の格好、かなりアレだって自覚ある?」 「?」 「……あれ、自覚なし? ……まあいいや」 そう言いつつ、少年はまず手を打ち鳴らした。 そしてVサインをこちらに見せると、片手で「円」を作り、その手を自身の目の辺りに持ってくる。 「……?」 首を捻り、相手が今行ったジェスチャーの意味を考える。 数秒後、マソラはポンと手を打ち、朗らかな表情を顔に浮かべた。 「そーかそーか、丸見えかぁ」 「そうそう、もうバッチリだよ」 「あっはっはっはっは」 「ははははは」 「………………いつまでも見てんじゃないってのッ!」 のどかに笑う少年の顔面に、マソラのグーパンチが炸裂した。 体重があまり無い方なのか、かなり後方までふっとんだ少年を一睨みすると、マソラは無言で学校まで走り出した。 まあ、なんにしろ。 今日も平和だった。 幸いにも、まだ担任は教室に来ていなかった。 「危ない危ない……」 額に垂れた汗をぬぐいつつ、先に登校しているはずの馬鹿(幼なじみ)を探す。 「探す、つってもここしかないけどねー」 そして、自分の席の真後ろで爆睡している男子生徒の頭に自分のバッグを乗せた。 「学校は眠るトコじゃありません、っての」 その男子生徒――タイキは「むごっ」と何やらカエルがつぶれたような声をあげ、跳ね起きた。 「何しやがるのですかマソラさん! 学校はゲームをする所でもありませんよ、だ! そのバッグの中身の八割はゲームだろ! 重いんだよ!」 「八割じゃないってのよ! 全部よ!」 「なお悪いわぁぁぁぁぁっ!」 二人でギャーギャーと言い合っていると、教室に教師が入ってきた。 バタバタと他の生徒と共に自分の席に着く。 「さてと。今日の放課後の予定はー、っと。まずは昨日買い逃したアレ買って……あ、そうだ、予約しておいた最新作も届いてるかもしれないから、あそこの電気店に顔出して……それから……」 ニヤついた顔を隠そうともせず、何かを夢想する幼なじみを視界の端に収め、タイキは腕を組みつつ考える。 「……アイツのあの大量のゲーム代、あれっていったいどこから出てんだろうな……」 可能性1。万引き。(「バレなきゃ問題ないわよねー」) 可能性2。窃盗。(「ふふふ……こんなところに置くバカが悪いんだっての」) 可能性3。強盗。(「おらとっととバッグに金詰めろッ!」) 可能性4。麻薬取引。(「ほい、この薬飲むとやせるんだとさ」) 可能性5。恐喝。(「ボクー。出すモノ出さないとお姉さん、困っちゃうんだけどなー」) 可能性―― 「…………やべぇなんか犯罪行為しか出てこないぞオイ」 というか自分はマソラの事をそんな目で見ていたのだろうかと、今さらながら気になった。 「――強い! 強すぎるっ! いつも通りの圧倒的な強さ! この試合もたった二十秒で相手を敗北へと突き落としたーッ!」 会場にマイクの声が響く。 「ふぅ……」 マソラは大きく息を吐いた。 「さて本日、決勝戦まで勝ち残ったのは、やはりこの人! ユーザー名『天駆ける翼』!」ふと目をやった方向の数メートルほど先では、中年男性――先ほど自分が軽く叩きのめしてやった相手だ――がさめざめと泣いていた。 ここはいつもの街から電車で十五分ほど揺られた所にある、とあるゲームセンター。 県の中心部からそれなりに離れているとはいえ、建物の規模自体がかなり大きめなので、 近隣の県から人が集まりやすいようだ。 そして、今まで彼女がトーナメント形式で戦っていたこのゲームは、いうなれば3D格闘ゲーム。 現実世界に換算して、約百メートル×百メートルの円形のフィールドで戦う、先月導入されたばかりのアーケードゲームだ。 数日前、マソラが寄ったこの店では、このゲームのトーナメント大会が開かれていた。 ほんの軽い気持ちで飛び入り参加した彼女は、ごく当たり前の様に優勝。 それからは連日通いづめである。 「二十人くらいのトーナメント形式なのに、新しく入った奴が優勝って……ゲームバランス、どーなってんのよ……」 マソラは筐体(きょうたい)脇に置かれた自分のスポーツドリンクを手に取った。 キャップを外しながらつぶやく。 「よし、最終戦行きますかーっての」 会場の自販機で買ったペットボトルの中身を飲み干し、思う。 (……でも、もうここにも強そうな奴はいないかねぇ……。次のゲーセン探さないと……。次はどこにすればいーんだか) 数分後、準備が整ったマソラがステージ上(と書いてバトルフィールド、と読む)に登ると、なぜかリーゼントの司会がマイクを向けてきた。 「それではアマさん、優勝にかけるアツい想いをぜひ、一言で表現して下さいっ!」 「あたしがいつ出家したってのよ! ……ま、どんな奴が出てこようと、一瞬で終わらせてやる、ってトコで」 司会はフム、とうなずき、 「王者はいつでも万全の様です! この調子で通算四回目の優勝をかっさらえるでしょうかッ!?」 数十人ほどの観客達がざわめき始めた。 「では、『流転する世界(インフィニティストリーム)』トーナメントの決勝戦を始めます! 1Pプレイヤー『天駆ける翼』VS、2Pプレイヤーのチャレンジャー、期待の新人のォッ!!」 「『ソニックシューター』さん、どうぞッ!!!」 「げ」 マソラが対戦相手に目をやると、そこには今朝の少年がいた。 「『ソニックシューター』氏は今回初出場ながら、今日だけで歴戦の猛者を六名、葬り去ってきたツワモノだーッ!」 「……マジで?」 相手がセレクトしたファイターに目を向ける。 (く、ガンマン系のキャラか……) 大抵のプレイヤーが使う、地上で戦う戦士系のキャラならスピードでいくらでも翻弄(ほんろう)できる自信はあった。 しかし、照準を合わせる必要があり、操作が複雑な銃を使うキャラを使う物好きなプレイヤーはかなり希少である、ということで、マソラはガンマン系キャラへの対応策を全く考えていない、というのが実情だ。 (まさかあたしへの対策……って、んなわけはないだろうけど……) 「やっかいだっての……」 思わず口に出してつぶやき、拳を握りしめる。 (ま、とりあえずは戦ってみないと……ね) 「さてお二方、準備はよろしいかッ!? では参りましょうッ! ……スリー、ツ―、ワン、ストリーム……ファイトッ!!!」 まず、先に動いたのは機動力に優れるマソラのキャラ。 それに遅れて少年のガンマンも走り出――。 (とりあえず、背後を……って、はぁ!?) いや、少年のキャラも確かに走り出した。後ろ方向に。 (マジ!? いやいや、ちょ! え!?) ガンマンは後ろにバックしつ、マソラのキャラ『風の狩人(ワイルドウインド)』に向けて銃を乱射し始めた。 確かにスピードで勝るのは自分の方。 しかし、どちらのキャラも同じ方向に走っているため、追いつくにはあと五秒ほどが必要だろう。 そしてその五秒が命取りになる。 (何このチキン戦法は……聞いたこと無いっての……。ていうか、そんなことより……) ダメージを受けたことにより、画面が一瞬だけ赤い血のエフェクトに包まれる。 (これでライフの五分の一は持ってかれた、かぁ……) 追いかけるのをやめ、近くの障害物の陰に一時退避。 (さて、どうしますか……てか、まず相手が考えそうなことは……) まず浮かんだのは、パンツ丸見えと朝に指摘された時の少年の顔。 確か、そのとき彼は苦笑いを浮かべていたはずだが、マソラの中ではそれがへらへらとした笑いに変換される。 (あああ思いだしただけでむかつくイラつくガッデームッ!) 一瞬、筐体(きょうたい)をぶん殴りそうになりながらも、それを押しとどめ、バトルの方に集中し直す。 (で、アイツが考えること……普通なら、あたしが障害物(ここ)から出るのを待つだろうけど、アイツなら……) 以前タイキに「お前はゲームに関してだけIQが二百オーバーだろ別の事に使えバーカ」と言われたマソラの脳みそはフル回転を始め、 (アイツなら…………そこだッ!!) 『風の狩人(ワイルドウインド)』が飛び上がった瞬間、そこに大量の銃弾が浴びせかけられる! 数メートル先のもう一つの筐体に、少し残念そうな少年の顔が見えた。 (中のプレイヤーにダメージ軽減の効果を与える『防壁(ブロック)』にいる奴に特攻するかっての普通……) だが、今までの少年の猛攻は、ライフ以外にも少年にアドバンテージを与えていた。 (やば! 相手の必殺技(テンション)ゲージがもうMAX!? どんな効率でポイント貯めてるっての!) 途端、光り輝いたガンマンが何かしらのポーズをとったかと思うと。 二つ目の銃をどこからか取り出し、化け物じみた速度で連射する! 「くッ!」 マソラがスティックを倒すと同時、鳥人のファイターが空へと飛翔した。 そのまま相手の必殺技が終了するまで空を舞い、ライフを使い果たす前に着地した。 空を飛ぶことが出来るキャラは、相手の攻撃を空中で回避することが出来るが、飛んでいる間は体力を消費する、といったデメリットがあるのだった。 画面に表示されたライフゲージに目を向ける。 (あたし対アイツは……5対8、ってとこか……) 「ふふふ……あたしがここまで追い詰められたのは何年ぶりかしらねぇ……」 「……えーと」 相手の少年は困ったように、複雑そうな苦笑いを浮かべている。 「だが、こちとら負けられない理由があるっての!!」 (ゲーマーのプライドにかけて、って奴よ!) 必殺技の名前(即興)を叫ぶ。 「『ダ―ティ・ウイング』ッ!!!」 マソラの『風の狩人(ワイルドウインド)』が宙に舞い上がり、ガード&回避不可の黒い羽を他プレイヤー目がけて叩きつける! この必殺技はダメージこそ小さいものの、自分以外全員に確実にヒットするため……。 「よし!」 崩れ落ちたガンマンの体が黒く霧散すると同時、画面に表示が出た。 YOU WIN! と。 「さて、今回もチャンピオンの座を守り抜いた『天駆ける翼』さんに質問してみましょうかァ! さて、天さんが使うファイターは常に「風を操るキャラ」に限定されていますが、そこには何かポリシー、とかそういうものはありますか?」 腕を交差させた何やら良く分からないポーズをとりつつ、司会が聞いてくる。 「うーん、ポリシーうんぬんっていうより、ただの趣味的な感じだってのよ」 相手はそれで了承したのか、 「さて、今度は準優勝の『ソニックシューター』氏に質問です。あなたが使う、ガンマン系ファイターに対する思い、またはそのキャラをなぜ使うのか、などを是非!」 かなり興奮しているのか、顔を真っ赤に紅潮させた司会が少年にマイクを向ける。 少年は腕を組み、数秒ほど考えてから、 「んー、強いて言うなら、銃を使うキャラって結構カッコイイと思うから、かな。特に二丁拳銃とか最高だね」 瞬間、マソラが少年に飛びついた。 「素晴らしいッ! アンタもガンマニアだったのね! あ、そうそうアンタ、『暁のガンオブクロス』では誰が一番好き?」 「……ショット、かな。あの裏切ったアイツ」 「そーよねそーよねいいわよねーショット。最初は大佐のことも裏切るから画面ごとブチ抜いてやろうかと思ったけど、その裏切りの裏に壮大なドラマがあって、最終的にはショットが主人公のバレットの身代わりにアームズ旅団に……! ああ、またあの神ゲーやりたくなってきた!」 「……そろそろ離れてくれると嬉しいんだけど……重い……っていうかキミは自分が女だっていう自覚あるかな? 何かもう色々ととらぶってるんだけども……」 「何がよ」 「僕の背中の辺りがさ、こう……ふにふにと……。二つの温かみが……」 「? あー、はいはい。……よっぽど命の残機数に余裕があるようね……残りストック1まで追い込んでやるから覚悟しなさい」 「ちょ、それゲーム脳の弊害って前テレビで言ってたって! 人間はリセットボタン押しても生き返らないよ!?」 「んなこと分かってるっての! ……アンタ、後でここの屋上に来なさい。少し、リアルファイトで――」 「……あの、そろそろよろしいでしょーか……」 テンションが壊滅的に下がった司会者がおずおずとマソラに呼びかける。 「何よっ! あと少しで調教が終わるんだから邪魔しないっ!!」 「え、なんか今不吉な単語が聞こえたんだけどっ!?」 ……。 「さ、まだまだお二人に質問いってみましょうかァ!!」 司会は両手を二人に向けた。 「次のクエスチョン! お互いに今回の相手プレイヤーはどうだったでしょうか。いつもの王者が敗北寸前まで追い詰められ、全くのルーキーが決勝まで登りつめた。この大番狂わせの事態を――」 =========== 今回はここまで(´・ω・`) どのくらい先になるかは不明ですが『毎月20日』を気長にお待ちください・・・